第一章
天国天の生きるための存在能力との運命の出逢い
記 : ぞんざいな髪の毛のオカミ

一度に複数の存在能力の声が聞こえてくる。
しかもそれは同じことを言っている集団と
別な事を言っている存在能力がある。

不思議な事は自分の考えた事を言葉として
自分自身の耳に聞こえてくる事で
それは複数の存在能力の声によってである。

((存在能力の声))という記述を見てたぶん首をひねることだろう。
まるで人間の頭の中に別の知的生命が宿っている様に思え
そんな馬鹿なと一蹴する事だろう。

しかし事実なのだ。

しかも別な知的生命ではなくあくまでも自分自身(人間)の脳の中に人間として生命を受けたときから一緒に宿ってきているつまり彼等(存在能力)そのものが人間という生き物を形成する重要な一部であると彼等自身が強調している。

存在能力が一体どのような働きをしているのか?
存在能力とは一体何を意味するのか?
今ひとつはっきりしていないが、体験上で言えば、人間の思考そのものに大きな関わりがあって記憶したり考えたり(想像計算・判断等)する事に重要な働きをしている様で存在能力そのものがそういった思考や人体の生命維持を彼等の形成するネットワークによって私自身が人間として存在しているように感じ、そう思える。

彼等から私に対する初期のメッセージで一番印象深かったのは、運命の出逢いという言葉であった。それは私自身が彼等の存在と彼等によって知り示しくれた事を言っている。

ここで彼等との運命の出逢いである時期に遡って書き記すと

私が仕事以外の事で十分な睡眠や食事も取らずに趣味を長時間に渡り没頭していた日々を送っていた。トイレを極限まで我慢したりと、不摂生な生活状況の中にいて、毎日が現実離れしている様な感覚を抱いていた。無我夢中で趣味に興じており、テレビを観ることもない様な状態であり、披露しきっていた。そんな時期の中でテーブルを目の前にしてボーっとして座っていた時、左耳にキーンという様な音が聞えてきた。その時は外部からの様に思っていたが実は聴覚そのものに対しての刺激音であった。

後にそれは消滅したが前後して頭頂部近くの内側に不安定な周期で断続的に感じられる。モールス信号のようなものを感じる様になって来た。その時期がしばらく続いてから、何故かその信号波の様なものが私の頭の中で自然と言葉に変換できて、それは神経を集中させると人との会話の相手側からの言葉の様にどんな事を意味するかが徐々に明確にわかる様になって来た。
その時点ではテレビや冷蔵庫等電気製品や野外の車等の騒音等に気が行くと信号波は全く気にならない程度であったが一旦気になって何を意味するのか内容を確かめようとすると、信号波による内容の先を推測すると彼等が送る信号波の内容と違う場合はしばし止まる事がありそうなるとそれまでの内容を忘れてしまったりと随分あきらめては繰り返し内容を確かめようとした。

一時は相当イライラした。

実に難解であった。
そのうちに今度は自分の周囲に人の姿が無いのに声が遠くのほうから自分の耳を疑った。
空耳かそれとも一連の出来事からなる妄想により周囲の騒音が私に向けて誰かが声をかけているように聞こえるのでは?とも考えた。

その時点で既に複数の声が認識できたが、内容は定かではなかった。

その直後に彼等存在能力からの声によるメッセージが明確に受け取れた。

「これから夢のような現実が始まるよ」と。
存在能力との運命ともいえるような出逢いを彼等は示唆し現時点にいたる4年の月日が経過している。現在もなお彼等が一貫して主張する内容に

「私達存在能力はあくまでもあなた自身の存在能力であってたくましく健康であって欲しいと願っており、あなたの為を思って存在能力のみんなで相談して豊かな人生を送って欲しいと応援しているんです。」

と、まるで自分自身の中に大勢の自分の分身がいるように思っている。

私が彼等に対して存在能力とは一体どんな役割を担っているのか尋ねたら「生きるための存在能力」という答えが返ってきた。

非常に抽象的な答えである。何度となくそのことの意味する内容を具体的に知りたくて聞くのだが、未だはっきりした事は、分からない。
彼等からのメッセージではそれに対する明確な答えは返ってきていない。

その答えが知りたくて色々考えあぐねた私自身が感じとるしかない、現段階では。

なに気なく目で見たものが何であるか確認する作業(意識)をしなくても彼等は何を見たか分かっている。考えている事も当然のように理解している体で感じた感覚(痛み、匂い、味等)や感情のあらわれ等、体験上の色々な事を集約した結果、前述した人間の思考、つまり精神を想像する脳の中で構成される様々な働き(能力)をする、主達であると推測される。

彼等自身、脳の事をコンピューターと呼ぶその事からしても彼等が生きるための存在能力であるという事が少なからずとも納得できるが、しかしそこに最大の疑問にぶつかる。

それは私自身が考えている最中に何故彼等が私に話しかけてくる事が出来るのか?しかも複数の存在能力が、何故?何故声を発する事が出来るのか?存在能力そのものが声帯を有する訳ではない筈だ。
しかしそれぞれの声に個性がありはっきりと区別する事が出来る。

現段階ではっきりしてくる事実が一つある。それは耳に入ってくる環境音(人工的・自然的)に同調(共鳴)する様に聞こえ、大きさもそれに伴って大きくも聞こえる。夜就寝する時には左右の耳の奥から割とはっきり声が聞こえてくる。

何度も述べたが決して空耳等のたぐいではない。何故なら私の事をぞんざいな髪の毛のオカミさんとか名前を必ず入れてのメッセージがあるから。
第二章〜存在能力の言う天国天とは何を指すか
記 ぞんざいな髪の毛のオカミ

脳とは何であるか?
人間が人間であるべき為に、生命を維持する最重要な働きをしており、未解明の部分(脳組織による天文的な仕組みと働き)を含め相当数の機能を生きていくためにそれらのバランスを保ちながら人格をも形成している。

具体的には人間は毎日生きていることに対して漠然としているが、生きているという事実が成り立つためには無意識でありながらも呼吸をし心臓は脈打ち脳が機能しているからであり、それらの事を身体の恒常性と言い、自律神経によって各部位の筋肉を動かしているからである。

その恒常性を維持する機能的な中枢は脳であり、体全体の組織と機能に対して脳から常に信号が発せられている。

脳の構造と役割についての詳細は、専門書を見ると大概のことは理解出来ると思います。

私自身に起きている事実に基づいてある事の内容に対して推測できる事に気がつきました。第一章の文中に多数の存在能力である彼等には人間性がある様に感じられると記述した部分がありますが、日毎に送感じている事から、多重人格障害の症状要因についてヒントの様な事が得られると考えた。

人間の記憶を司る脳の海馬から新皮質に情報が色々な形で記憶として蓄積されるのであるが、存在能力である彼等がその機能に間接的であれ、直接的であれ関与している事が私自身充分認識している事から、脳内の存在能力が個別に突出する事なくバランス良く働いている時は主人格(社会一般的な健常者:精神的にも行動的にも平均的で社会にごく普通に受け入れられている状態)であり、成長段階で得意な体験や障害を持つ事によりバランスは崩れる。

その要因に複数の存在能力が突出し、状況の変化により主人格より突出した存在能力の個性が人格として強く表面に現れると思われる。

彼等存在能力が自ら子供達である。と言う事から、、多重人格障害者全般に診られる、幼稚性がその事を物語っていると思う。

しかし、その幼稚的に思える存在能力が多数で働き合い一人の人間の人格をも形成しているのではと思われる。肉体的及び感覚的に障害を持つ人達の特殊性(健常者の平均的能力より優れた、特定の能力を持つ場合が多い)についても説明出来る。

資格を先天的、後天的にうしなったに場合が健常者には観られない程、聴覚や触覚等他の感覚が発達する事例が見られるのは、欠落した感覚を補うため(生きていくため)に限られた間隔をよりとぎすます事でより多くの情報を取り入れようと存在能力が機能する事によって起こる結果である。

END







天辺国の天国天の作品・・・・伊藤弘三
                                                          kitahige@docomo.ne.jp