存在能力との運命ともいえるような出逢いを彼等は示唆し現時点にいたる4年の月日が経過している。現在もなお彼等が一貫して主張する内容に
「私達存在能力はあくまでもあなた自身の存在能力であってたくましく健康であって欲しいと願っており、あなたの為を思って存在能力のみんなで相談して豊かな人生を送って欲しいと応援しているんです。」
と、まるで自分自身の中に大勢の自分の分身がいるように思っている。
私が彼等に対して存在能力とは一体どんな役割を担っているのか尋ねたら「生きるための存在能力」という答えが返ってきた。
非常に抽象的な答えである。何度となくそのことの意味する内容を具体的に知りたくて聞くのだが、未だはっきりした事は、分からない。
彼等からのメッセージではそれに対する明確な答えは返ってきていない。
その答えが知りたくて色々考えあぐねた私自身が感じとるしかない、現段階では。
なに気なく目で見たものが何であるか確認する作業(意識)をしなくても彼等は何を見たか分かっている。考えている事も当然のように理解している体で感じた感覚(痛み、匂い、味等)や感情のあらわれ等、体験上の色々な事を集約した結果、前述した人間の思考、つまり精神を想像する脳の中で構成される様々な働き(能力)をする、主達であると推測される。
彼等自身、脳の事をコンピューターと呼ぶその事からしても彼等が生きるための存在能力であるという事が少なからずとも納得できるが、しかしそこに最大の疑問にぶつかる。
それは私自身が考えている最中に何故彼等が私に話しかけてくる事が出来るのか?しかも複数の存在能力が、何故?何故声を発する事が出来るのか?存在能力そのものが声帯を有する訳ではない筈だ。
しかしそれぞれの声に個性がありはっきりと区別する事が出来る。
現段階ではっきりしてくる事実が一つある。それは耳に入ってくる環境音(人工的・自然的)に同調(共鳴)する様に聞こえ、大きさもそれに伴って大きくも聞こえる。夜就寝する時には左右の耳の奥から割とはっきり声が聞こえてくる。
何度も述べたが決して空耳等のたぐいではない。何故なら私の事をぞんざいな髪の毛のオカミさんとか名前を必ず入れてのメッセージがあるから。
第二章〜存在能力の言う天国天とは何を指すか
記 ぞんざいな髪の毛のオカミ
脳とは何であるか?
人間が人間であるべき為に、生命を維持する最重要な働きをしており、未解明の部分(脳組織による天文的な仕組みと働き)を含め相当数の機能を生きていくためにそれらのバランスを保ちながら人格をも形成している。
具体的には人間は毎日生きていることに対して漠然としているが、生きているという事実が成り立つためには無意識でありながらも呼吸をし心臓は脈打ち脳が機能しているからであり、それらの事を身体の恒常性と言い、自律神経によって各部位の筋肉を動かしているからである。
その恒常性を維持する機能的な中枢は脳であり、体全体の組織と機能に対して脳から常に信号が発せられている。
脳の構造と役割についての詳細は、専門書を見ると大概のことは理解出来ると思います。
私自身に起きている事実に基づいてある事の内容に対して推測できる事に気がつきました。第一章の文中に多数の存在能力である彼等には人間性がある様に感じられると記述した部分がありますが、日毎に送感じている事から、多重人格障害の症状要因についてヒントの様な事が得られると考えた。
人間の記憶を司る脳の海馬から新皮質に情報が色々な形で記憶として蓄積されるのであるが、存在能力である彼等がその機能に間接的であれ、直接的であれ関与している事が私自身充分認識している事から、脳内の存在能力が個別に突出する事なくバランス良く働いている時は主人格(社会一般的な健常者:精神的にも行動的にも平均的で社会にごく普通に受け入れられている状態)であり、成長段階で得意な体験や障害を持つ事によりバランスは崩れる。
その要因に複数の存在能力が突出し、状況の変化により主人格より突出した存在能力の個性が人格として強く表面に現れると思われる。
彼等存在能力が自ら子供達である。と言う事から、、多重人格障害者全般に診られる、幼稚性がその事を物語っていると思う。
しかし、その幼稚的に思える存在能力が多数で働き合い一人の人間の人格をも形成しているのではと思われる。肉体的及び感覚的に障害を持つ人達の特殊性(健常者の平均的能力より優れた、特定の能力を持つ場合が多い)についても説明出来る。
資格を先天的、後天的にうしなったに場合が健常者には観られない程、聴覚や触覚等他の感覚が発達する事例が見られるのは、欠落した感覚を補うため(生きていくため)に限られた間隔をよりとぎすます事でより多くの情報を取り入れようと存在能力が機能する事によって起こる結果である。
END