誰かさんと誰かさんが麦畑1
「きっとあの人は、私がしっかり生きているかどうか、確かめに来たんだわ」。 
柄にも無く、信心深い人間の様な事を考えた。男が残していった、タバコの空箱を眺めながら、「あの時、貴方に助けていただいた
お陰で、今はこんなに 楽しく暮らしています。有難うございました」。と心の中で手を合わせた。
綾は、戸棚の中から紅いワインを取り出し、そっとグラスに注いだ。
普段何気なく飲んでいたワインが、店の照明の光を受け、今夜はキラキラと輝いて見えた。あの時の同じ美しさだった
男の母親の踊りも、月の光に輝いたワインの美しさも、きっと 見る人の澄んだ心を映し出していたのではないか。綾は、そう思うと
深く刻みこんだ記憶を、心の元の場所に大事に戻した。

いつからか・・外には、雪が降っていた。

       「深い夜」   おわり

綾は、あの時男が最後に云った言葉、綾にとっては福音とも思える言葉を思い出した。
「俺は、母を殺して、自分も死のうかと思った。自分では死ぬくらいの勇気はあると自惚れていた。でも、死に切れなかった。
そんな勇気すら無かったんだ。生きることも出来ない、死ぬことも出来ない、こんな屍のような、こんな惨めな生き方って
あるか。そのときから、まっとうに生きることと 向き合ったんだ。今必死に生きているのは、これまでの、罪滅ぼしなんだ」

現実に押しつぶされて、「ならばいっそと、」と一思いに死ねる人はある意味では幸せだ。自分の不幸に気が付いていない人まだ、救いが有る。しかし、生きることも出来ず、死ぬことも出来ず、自分のこれから起きる不幸を判って居ながら、黙ってそれを
背負って生きていかなければならない人に、疑獄があるのではないか。  綾は、そう思っている。自分が何も知らず、地獄の
一合目にさしかかっていたあのとき、手を差し伸べてくれたあの男は、綾にとって、生きる指針を与えてくれた、神様以上の存在
だった。
赤い色に、見惚れていた
今夜は、何と美しいものを立て続けに観た事だろう。先ほどの、波うち際で青い月を背景に踊る母親の幽玄な美しさといい、小さな、光を集めたようなワインの赤の美しさといい。
男の話は、なをも続いた。「俺達の地獄から、やがて父はのがれて行った。俺は、日に日に正気を失っていく母と、その地獄に
残された。
俺は、いい息子では無かったよ。それどころか息子の顔さえ忘れた母を疎ましくさえ思っていたよ。 そんな、ある日、俺の幼い
写真を見て、頬ずりして涙を流している母を見たんだ。 母を始めて愛しく思ったよ。 母はいつもは病院にいるんだ。俺は夏のこの時期に一週間この浜に来て 踊りの好きな母に、思い切りおどって貰うんだ。 観客は俺一人だけどね。  今夜は君も一緒に観てくれて、母は嬉しかっただろうな。 有難う!・・・・ 俺の話に付き合ってくれて。」 と笑って云うと、
 「さ〜、送っていくよ。」    
[
ママ、帰るわ」 キー子の黄色い声に、綾はフト男を見る。
「有難う! あのときあなたに逢った娘です。」と心の中で呟いた。
「遅くにお邪魔して、済みませんでした」。そう云うと男はコーヒー代を置いて席を立った。
「あの時の娘です」。喉まででかかった言葉を綾は飲み込んだ。 綾は男が自分の事を覚えている事を、直感したからだった。
  

ある夜母は、そんなにしてまで踊ることを諦め、支配人の所にやめる事を告げに行った。 しかし、そこで起こった事は
到底、俺の口ではいえない!」。
男は、其処まで話すと、遠い目で悔しそうに、唇をかんだ。
綾にもそこで起きたことは、容易にわかった。 綾にも先ほどその危険が、あったばかりだったから。 おもわず「先ほどは
有難う ございました」とぺこりと頭を下げた。 
男は、フト立ち上がると、隅からグラスを取り出して、綾に持たせた。 そして、赤いワインを注ぎながら、「元気が出るよ」と
奨めた。 そして、小さな窓辺の椅子にゆったりと腰を下ろした。 綾は 小さな窓からもれる月の光にキラキラ輝くワインの
「母さんは、もう、僕が息子だと云う事を、忘れているんだ。捨てられたっていう話は、よく聞くけど、忘れちまうなんて!
母さんは、俺のの記憶を自分で、消したような気がする。そうしないと、耐えられなかったんだろうな、俺達の生活に」
男の話によると、母は男が15歳の時に、記憶を失った
「若い頃は有名な歌劇団の準主役を演じる程の踊り子だった。 父と恋をして引退したが、踊りたいという欲望に勝て無くて、
俺が中学生になったとき、奨める人の言葉のままに、ショウダンサーになった。 もちろん父には内緒で。
母は其処がどんなところかなんて、何も知らなかったらしい、それが、父に知れ、いらぬ嫉妬を買い、毎夜諍いが絶えなくなった
「私は、生きているんだろうか?」
綾の心にある何かが落ちた。  男はすっと女に近づいた。 [
かぁさん 、もう、充分だろう?」
「かぁさん」と云われた女は、おどりをやめ「もう、帰りたい!」といった。  今まで気がつかなかったが、すぐ近くにその
男と母親のロッジがあった。
 男に連れられて、綾はロッジの案内された。
ロッジは粗末ではあったが、よく整頓されていた。 女の踊りで活力を与えられた綾の心は、久し振りにすがすがしい気持ちに
満たされていた。
男は、おもむろにポケットから、赤いラークの箱を取り出し、ゆっくりと火をつけた。  そして 、「死んでいるより、生きて
いる方がいいな、でも、死んだような生き方しか出来ないんだったら、生きている意味は無いな」。 呟くような言い方に
綾は、自分の心を見透かせれているように思えた。  次に、なにを話すのか?    緊張感で次の言葉を待っていた綾に
、男は、ぽつり ぽつりと自分の経験を話した。
綾は、やがて身を乗り出し、時の立つのを忘れて聞き入った。男が繰り出す言葉は、綾の琴線を激しく揺れ動かした。
何時間たっただろうか、地獄をけいけんし、そこから這い上がってきた男の体験を聞き終わったとき、綾は生きる力が全身に
漲っていた。
男は綾に次のような、はなしを聞かせたのである。
風のように現れたその男は、並み居る男達を、あっと言う間になぎ倒した。 綾が気がついた時には、彼の腕の中にいた。
男は少し離れたところまで綾を抱きかかえて運び、そっとおろした.     其処は喧騒の届かない、静かな浜辺だった。
綾は助けられたお礼を言う余裕も無く、ただぼんやりと、浜を見ていた、
その時、何処からとも無く、ひとりの女が現れた。       枯れ木のように痩せた身体に薄い布を巻きつけ、ふわりと、幽界から降りてきたような風情のその女は、腰をくねくねと捻りながら、踊りだした。
何時の間にか浜に上に、真ん丸い月が出て、踊る女を照らしだした。
長い髪  蒼白い頬、 踊る, 踊る、 狂気の様に踊る, 綾は、思わず「美しい」と、呟いた。 音楽の無い浜に、微かに音楽
さえ聴こえるようにさえ思えた。 女は踊る、踊る、ただ踊る、見せるためでも、見せたい訳でも無く、その無心さは綾のこころに
感動を与えた。

 


もちろん綾はその男達に見覚えが無かった。だが、その男達をみた瞬間、綾にはドロリとした欲望が見えたような気がした。
「いやよ」 綾は直感的に素直に拒絶した。しかし、それで引き下がるような男達
では無かった。
「そう 邪険にすんなよーいーじゃねぇかぁ」と一人の男が綾の方に手を回す。
「やめてよ!。綾は手を振り解こうとしたが、男の力が強く振り払えない、
そのうち綾はその場に押し倒されてしまった。
「いやっ 助けて〜」
綾は必死に逃れようともがいた。
そして大声を張り上げ、近くにいろ筈のグループのみんなにたすけを求めた。
しかしその声は空しく誰一人助けに来てはくれなった。
綾は、絶望の淵に立たされた。   もう駄目だと思った瞬間「おい!どうかしたのか?」と男の声が聞こえた。
綾達のグループも、海でキャンプを張った。北国の夏は短い。その分若者は、冬に溜め込んだエネルギーを、一気に吐き出す。
海は沢山の人で,あふれていた。綾達は人込みを避けて陣取り、いつもの騒ぎになった。
誰かが、叫ぶ。「アンパン やろうぜ!」。それを合図に、車座が出来、ビニールが持ち出された。  流石に其処までは落ちて
居なかった綾は、一人浜に逃れ、遠くの海を眺めたいた。
その時、・・・・「よ〜 ! 一人で淋しそうでないか 、もしよければ俺達とあそばねぇか?」
と綾は声を掛けられた。声のした方向を振り向いて見ると、体格のいい男達が 3・4人ニヤニヤと薄笑いを浮かべて、ちかずいてきた。    
通りすぎる時間の中で、ほんの一瞬の出来事を、人は深く心に刻み込むことがある。綾と竜也の
かっての出会いがそうだった。心の引き出しにそっとしまい込み、誰にも語ることの無い出会い。
それぞれが、人生と言う別々の道を歩きながら、交差点で、ほんの一瞬、すれ違っただけの出会い。
お互いに相手の名前も知らぬまま、また別々の道を歩き出し、二度と合うことも無いかも知れない出会い・・。
あれは、綾が高校を出た夏に夜の事だった。友達がみんな大学に行ったのに、一人娘の綾は家業の店を引き継ぐために、この
街に残らなければならなかった。その寂しさも手伝ってか、ぷらぷらと街で遊ぶ、あまりたちのよくない友達と、遊び廻っていた。
あの日・・・夏の暑い夜、ある男の地獄を見てしまう!そして 自暴自棄な人生に、終止符を打つことになる。     、
綾からは、死角になる奥の隅の席では、キー子と男の子がなにやら揉めているらしい。
奥の若い二人の黄色い髪が縺れ合って,なにやら怪しげな雰囲気になっている。 「クス クス  」キー子の声が淫らに聞こえる。
「キーちゃん」 堪り兼ねてたしなめる綾に  竜也は、「いいじゃ、ありませんか 若いんだから」「え・えぇ・・・」と、曖昧な返事を
しながら綾は、「本当に、この人忘れてしまったんだわ 、 それなら それでいいんだわ」、 綾は持ち前の明るさを取り戻した。
「あんまり・・・せきたてるなよ」
「だって! 今日のママ へんよう!〜 何か・・ぼーとしてる! なんか・・あったの」
「まぁ〜  人間 いろいろあるさぁ   」
「あれ〜  トシもイロイロあったの〜・・」 クス クス キー子の 黄色い声が 際限もなく 続いた。
「あの〜 マッチ ありませんか? 」
「あ、  はい  」
竜也は、屈託なくマッチを受け取り、胸のポケットからラークの赤い箱を取り出し時、綾は確信を持った。「間違いないは、あの時の
あの日の、あの人だわ・・ でも  、 もう忘れてしまったらしいわ」。
綾は、今でこそ静かな雰囲気の茶店のママさんに、落ち着いているけれど、丁度キー子位の時には、なかなかのお転婆娘で親に、随分心配をかけたものだった。
そんな思い出に浸る間もなく、
「ママ〜 コーヒーまーだ〜」とキー子が叫んでる!
しーん  そんなふんいきで
のんきにコーヒー飲んで
   気分は・・ちょつとブルー    
 
しゃれた喫茶で
      ノバラの一輪挿し
気分は淡いピンク by・・・・・・メロ
この声だ!!
綾は気がついた。  この声がいつもは天心爛漫な綾を包み込み、胸の中にしみこんでいくのだ。  どこか懐かしい声・・・何処で聞いたのかしら?
綾は、自分と会話を始めていた。
「寒いですね」  と云う声に綾は「あっ」と声を
上げそうになった。
その時、バタバタと元気のいい足音がして、
十七、八位の若者が二人絡みつくように店に
入ってきた。
「ママー まだやってたの〜」
甘えるようなその声は、キー子だった
「あら あら」
綾は 心の中に浮かんだ物憂い気配を打ち消すように、明るい気配で答えた
きみこいし
きみやこいしと・・・・
なくとりの すがたも
   みえぬ・・・
 ふかいよる

ひさびさの
あうせせつなき
   ふかいよる
    
   by・・・真美

      
 

 
しずかな空気と、、コ^ヒーんの香り、時間がゆっくりと流れている。
「こんな夜遅く に、どうしてこの客はここを探してまで矢って来たのか」
と言う事よりも、綾は「どうして、閉店時間を過ぎているにも関わらず、この見ず知らず
客を、私は待っていたのだろう」・・・
男の名は 九条竜也・・一応売れないルポライターと云う事に、なっているらしい!
それにしても
マイナス18度の厳寒の地に、一体何の用があってきたのだろう?
つぎつぎと、湧き上がる疑念をやりすごしながら、コーヒーを差し出す、綾
「どうぞ」
「有り難う」
「あっ ! この声・・・」 
綾は気がついた
 なぜ 閉店ですと言わなかったのだろう・・軽い後悔が胸をよぎりだした頃
その男は ぬっと現れた。
「こんな夜遅く お邪魔してすみません」
身体を 闇に包んだような、不思議な男であった、
「でも 開いていて 本当に助かりました」
男は心地よい低音で、よく通る声で そう挨拶した。 そして一番奥のカウンターに座った
物静かな声で「コヒーを 一杯い頂けますか?」
と綾に頼んだ。   綾の口元に浮かぶ微かな笑みが 注文を受けたことを 表して居る
「まだ、店やっってますか?」
閉店間際にそのの男から電話が来た。 くぐもった声は有無を言わせぬ強さと不安を
綾の心に打ち込んだ。。綾は場所がわからないと言う男に道を教え、閉店時間の過ぎた
店で その男を待った。
綾が切り盛りしてるのは、北街道の中でも、厳寒といわれる地域の喫茶店だ。
真冬のこの時期、客足は少なくなる。今日も御多分にもれず客足がとだへ 、早く店じまい
しょうかしら、と考えていたところだった

             参加者        don
                         ズッカ
                         真美
                          暁
                         希夢
                          勉
 

  第一回りれー小説・・・深い夜


                                 編集・・真美